2009/12/16

春日大社








春日大社。






都が平城京に遷都された710年。
そのあと続く奈良時代はここ奈良が日本の中心でした。

このところ京都にどっぷりとつかっていた私にとって、
ここで出会う日本の歴史。なんだか不思議な感じでした。



奈良にはなぜ鹿がいるのかご存じですか?

その昔、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)という人が白い鹿に乗って
やってきたそうです。神の使いとされ、今でも大事にされているんだそうです。




世界遺産に登録されている春日大社。
写真は「大杉」「宝庫」「西回廊」・・・
広い境内には重要文化財がたくさんあります。

HPには詳しい説明が載っています。
ストーリーを知るとおもしろい。

2009/12/15

奈良公園




恒例でしょうが、鹿さんたちです。

春日大社の回でも紹介したように、
その昔、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が白い鹿に乗ってやってきたことが由縁と
されています。
以来、神の使いとしてこの周辺には鹿がいっぱい、自然のまま生息しています。
確かに、木々の間で休む鹿の風景は、宮崎駿のような世界でした。

でも、鹿せんべいに寄ってくる鹿たちを見ると、
人慣れしていて不思議な存在でした笑。

2009/12/14

伊勢神宮










伊勢神宮。
(ise-shrine)








ご存じでしょうが、伊勢神宮は下宮(げくう)と内宮(ないくう)から成っています。
厳密に言うと、三重県内にいくつもの神社があり、
それも含めた100以上の社を総称して「神宮」と呼ぶそうです。
私の勉強も兼ねて簡単にご紹介します。

下宮と内宮は少し離れたところに位置します。


下宮は、「豊受大神(トヨウケノオオミカミ)」
を祀る「豊受大神宮」。
こちらは食を中心とした衣食住の守り神。

何百年も前から一日も欠かさず行われている
「日別朝夕大御饌祭
(ヒゴトアサユウオオミケサイ)」。
全て自給自足の食糧を、
神様への食事としてお供えします。



内宮は、「天照大神(アマテラスオオミカミ)」
を祀る「皇大神宮」。
字からもわかるように、
皇室のご先祖様が祀られているところです。
最も神聖な場所。


正殿は20年に一度、「式年遷宮」を迎えます。
神様の新居お引越し、です。
この儀式も未だ欠かさず行われている儀式で、
62回目の次回は平成25年です。






五十鈴川(いすずがわ)・・・倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳を
                ここで洗ったという伝えから「御裳濯川(みもすそがわ)」
                ともいわれるそうです。
宇治橋・・・この五十鈴川に架かる橋。聖俗界の境界だとか。


この木々の大きさ、伝わりますように。
自然の偉大さだけではない、神秘的な空気に包まれてました。
みんなもっとゆっくり歩いたらいいのにー。

2009/12/12

あじき路地








京都の得意とするところ、路地。





ここはあじき路地。





カフェやパン屋さん、工房などいくつかのお店が連なっています。



こちらのパン、とっても美味しくてはまっておりました・・・。
ちょっとかわったパンもあったりして、見てるだけでもしあわせ。

カフェは、月あかり。
照明デザインなどもされてるようです。

お店同士でお客さんをもつなげて、出会いの連鎖反応が起こっているようでした。
それが自然だから、お客さんも入りやすいのでしょう。

町屋を使っているのが一番の特色でもあり、まわりと溶け込めているという、
この地域性を活かしたダブル長所。
あとはお店の中身、人柄だったりするのかも。
たとえ目立たなくても
いいと思った人たちは嗅ぎつけてやってくるし、出会いはつながるもの。

2009/12/11

源光庵









源光庵。
(genkoh-an)









京都のずっと北のほう、鷹峯(たかがみね)というところにあります。
市バスで狭い車道をぐんぐん上へ登っていきます。



ご存知の通り、源光庵の左:「悟りの窓」と右:「迷いの窓」。

「悟りの窓」は円形に“禅と円通の心”を表し、
「迷いの窓」は角形に“四苦八苦”、人間の一生が象徴されているのだそう。

京都では数多くの庭を眺めることができますが、
こうやって窓によってかたどられた景色は意外にも珍しくあります。

一つ一つに意味が持たれていることを知ると、
私たちの日常ももっと丁寧につくれる気がします。



ここは「血天井」でも有名です。
天井には信じられないほど生々しく、血の足跡が残っていました。
この天井の板は、伏見桃山城から移築されたもので、
徳川家の家臣、鳥居元忠らが石田三成と闘ったときのものだそう。



冬の静かな朝一番。
つんとした空気の中、花も緑も最高に美しく見えました。

2009/12/10

光悦寺









光悦寺。
(kohetsu-temple)






写真では感じられないけど、
この入口がとても綺麗なんです。




源光庵のすぐ近く。

こちらは江戸時代の芸術家、
本阿弥光悦のもの。










芸術家たちが
集った茶室。







徳川家康が与えたこの敷地は、
「瑞峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)」
の絶景を眺めることができます。



やっぱり緑も綺麗なのです。

2009/12/09

常照寺








常照寺。
(jyohsyoh-temple)





吉野太夫(たゆう)ゆかりのお寺。
この山門は太夫が寄贈したもので、「吉野の赤門」と呼ばれています。

吉野太夫は、遊女。
和歌、書・華道など文学的にも優れ、顔立ちも美しかったそう。











写真右上は「帯塚」。
“帯は日本人女性のいのち”と説明されています。
確かに着物を着る者にとって、帯は最も重要です。帯で品が決まります。











太夫は灰屋紹益という商人と結ばれます。
かけおちするストーリーも。。。太夫は38歳で他界、短い夫婦生活でした。
左は遺芳庵、右は紹益が詠んだ句。

「都をば 花なき里となしにけり 吉野の死出の 山にうつして」










2009/12/08

大徳寺 龍源院








大徳寺 龍源院。
(ryohgen-in)




この庭は一枝坦(いっしたん)。



大徳寺の広い敷地には、「塔頭(たっちゅう)」と呼ばれる20以上の寺院があります。
公開されているのはごくわずかで、龍源院はその一つです。




こちらは
東滴壺(とうてきこ)
と呼ばれる日本最小のつぼ庭。








これは
写真ではわかりにくいですが;

「龍吟庭(りゅうぎんてい)」。












開祖堂・・・一重入母屋造り、檜皮葺の建物、そして襖絵。





滹沱河(こだてい)。

白い砂が円形に広がっているのは、
波紋を表しています。













龍源院は、枯山水を見るにはとてもいい場所だと思います。
他の有名なお寺より人が少なく、ゆっくり過ごすことができます。